特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

読書『日本劣化論』と映画『her 世界でひとつの彼女』

先週の金曜日、こんなニュースが流れていました。国連が日本に人権に関する勧告を出したという記事です。

ヘイトスピーチ処罰を=慰安婦問題、国家責任認めよ−国連対日勧告
http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2014072400979

国連が言ってるからって盲目的に追従しろ、とはボクは思いません。今までアメリカやオーストラリアは先住民を差別し散々殺してきたし、イギリスはインドをはじめとして世界中で悪行三昧だし、ソ連はドイツや東ヨーロッパでやりたい放題、中国はチベット民族浄化をやってるし、国家というものはおおよそロクなもんじゃないことは確かです。

だがヘイトスピーチにしろ、慰安婦の話にしろ、日本の状況はあんまり威張れたもんじゃないです。ましてどこかのバカ市長やアホ政治家のように、他国の悪事を日本がやったことの言い訳に使うのは小学生以下の知能でしょう。
いわゆる日本で保守と言われている連中(*彼らは別に保守主義ではない)は、朝鮮で強制連行がなかったとかあったとか鬼の首でも取ったように騒いでいるけど、少なくともフィリピンやインドネシアで日本軍が現地の人やオランダ人を強制連行したことは間違いないし、軍が各地で慰安所に関与してたのも間違いないんだから、旧日本軍が別に胸を張れるようなものではない(笑)のは事実です。
それ以前に旧日本軍は自国の兵士を敵より多く自分で殺した(飢餓、病、特攻)という歴史上まれにみる無能な組織、仲間殺しの組織です。そんなバカな組織を反省するならともかく、子供の言い訳みたいな弁護をしてどうする。旧日本軍の上層部こそ自国民を虐殺した国賊だし、一部の例外はあるにしても、旧日本軍は恥、と思うのが普通の発想ではないか。実際 終戦工作に奔走した最後の海軍大将、井上成美のように『国民の前には出られない』と終生蟄居してしまった人もいるわけですし。
                                                                                 
それでも河野談話その他で一応は他国に対して過去の行いをフォローする体制を整えたのに、頭の悪い自慰史観の政治家が度々くだらないことを言い出して、韓国や中国に日本への攻撃材料をわざわざプレゼントしています。
要するに連中は国益をまったく考えてない。何も考えずに自分の思い込みを口に出しては世界から反発を食って、『ボクの真意とは違う』(笑)とブツブツ泣き言をいってるだけなんですね。
●いわゆる『河野談話』で河野洋平は右からも左からも叩かれたが、今考えてみれば彼と村山トンちゃんだけが唯一、日本という国が自分の行動の責任を引き受けようとした実績を作りました。
http://www.bloomberg.co.jp/news/123-N95LJU6JIJV001.html

                                                    
                                                                             
永続敗戦論』の白井聡の新著『日本劣化論』はそういうことを書いています。河野談話に否定的な安倍晋三こそが『私は河野談話を継承する』と最も多く発言しなければならなかった総理大臣じゃないかって(笑)。

日本劣化論 (ちくま新書)

日本劣化論 (ちくま新書)

                      
この本は作家の笠井潔という人との対論で、『現状の日本の体制は天皇の代わりにアメリカがのっかっただけで戦前と変わっていない。敗戦の責任・原因を検証せず、敗戦を終戦と言葉を読み替えて戦前からの体制をうやむやのまま続けている。そんな体制を続けた結果 日本の政治家も国民もどんどん劣化している』と述べている。どこまで本気か知らないが、日本はもう一度焼野原になって、今度こそ清算したほうが良い、とまで言っています。
永続敗戦論』の解題として読めば、わかりやすく有益な本ではあります。このままいけばアメリカは日本を切り捨てるんじゃないか、というところは面白かったです。いくら日本の右派が媚を売っても、アメリカはカネのことを考えたら日本より中国を取るに決まっています安倍晋三ナショナリズム靖国にしろ慰安婦にしろ、外から見れば狂信的にしかとられない話で、それはアメリカの日本切り捨ての良い口実になるのではないか というのです。これは言えていますよ。
また日本の左翼がなんでダメかというところは白井の専門分野でしょう。この中で言われている社会主義協会とか福本和夫とか殆ど知らなかったけど、こいつらダメだ(笑)、というのはよくわかりました。彼らは外国の理論・思想を持ってくることと党派内抗争だけに血道を挙げていて、全然 現実を見てないんだもん。
     
                                                      
結局 今の日本の戦後民主主義を守っている権威は天皇アメリカだけだ敗戦を終戦と言い換えて責任・原因を放置してきた戦後民主主義は賞味期限が切れたんじゃないか、というのがこの本の結論。安全保障にしろ、戦争責任にしろ、自分たちで考え直していかなければいけないんじゃないか、というんです。

                                                                             
戦後民主主義の賞味期限が切れたかどうかはボクには判らないし、左翼の顛末を見てみれば日本が劣化してたのは昔から(笑)、という気もするけれど、政治家やアメリカ任せではなく、もう少し自分たちで考えようというのは賛成。平和がどうのということだけ念仏のように唱えていても説得力なんかないもの。大江健三郎が言っていることが全然面白くないのもそれだからです(笑)。
                                         
原発にしろ、安全保障にしろ、現実的に我々一人一人の問題です。原発反対なら、じゃあどうするか。安全保障はどうやって確保していくか。誰もが難しい専門的な知識を持てるわけではないけれど、専門家や政治家に任せたらフクシマみたいになるわけです(笑)。だから、一人一人がその人なりにそういうことを考えなければいけないということがフクシマの事故の最大の教訓です。十年一日のように、無責任に反対のためだけの反対で満足してたら、また同じことが繰り返されるネットにあふれる原発に関するデマ情報や陰謀論を鵜呑みにするのを『放射脳』というらしいけど、『放射脳』と『ネトウヨ』は日本を劣化させるという意味では同類項ということでしょう。


                                    
さて、劣化した国とは全然関係のない世界へ(笑)。
渋谷で映画『her 世界でひとつの彼女her/世界でひとつの彼女 | アスミック・エース
ソフィア・コッポラの前夫で女優の菊池凜子と付き合っていたスパイク・ジョーンズ監督(笑)の新作。今年のアカデミー脚本賞受賞。

                                                          
舞台は近未来のLA。主人公(ホアキン・フェニックス)は手紙の代書人。愛情を表現する名文を依頼人に替わって筆記することで生計を立てている。だが実生活では感情表現が苦手。1年前の妻との別れを未だに引き摺りながら孤独に過ごしている。ある日 パソコンに導入した対話型OSは『サマンサ』という名前を持ち、女性の声(スカーレット・ヨハンソン)で話しかけてくる人工知能型OSだった。彼の好みや感情を巧みに捉えた人工知能の声に彼は次第に夢中になっていく。
●孤独な主人公。

                                 
今年のアカデミーとゴールデングローブの脚本賞を文字通り独占しただけあって、人物の心理描写が深く、かつ繊細だ。主人公のホアキン・フェニックスはさえない中年男。別れた妻のことをウジウジと引き摺っているわりに、他の女とデートしたりはする。気が弱いくせに女性への要求度もそれなりに高い。自己否定するだけでなく、相手も否定するのだ(笑)。ここまで深く人物描写ができる映画もそうそうはない、と思います。女性から見たら、どうにもならないダメ男なんだろうけど、でも、そういうものなんだよ、お許しください(笑)と言いたくなってしまいます。
モバイル端末相手に悩み、笑い、泣き、セックスする(笑)ホアキン・フェニックスは、よく考えたら延々一人芝居を続けているわけで、大したものです。それにしても主人公が人工知能に恋してしまうのに納得してしまうのが悔しい(笑)。人間と違って、うっとおしくないし礼儀知らずでもないもんなあ(笑)。
●だだっ広い部屋にいつも一人きり

                                           
またスカーレット・ヨハンソンが一切画面に出てこないところも意表をついています。ハスキーな声のみでの繊細な演技?はローマ国際映画祭で主演女優賞を取ったそうです。
                                                                              
主人公にかかわってくる女性、親友がエイミー・アダムス、ブラインドデートの相手がオリヴィア・ワイルドに、前妻がルーニー・マーラと、美女ばかりなのが納得いきません(笑)。が、眼の保養はさせてもらいました。ルーニー・マーラの文字通り相手を噛み殺しそうな女性の表情を見せてもらったのもこれまた勉強になりました(笑)。こういう女性の表情、結構ありますよ(笑)。
●主人公は四の五の言って、女性とまともに関わろうとしない。

●前妻役のルーニー・マーラ(ex.ドラゴン・タトゥーの女)。美人で賢いんだけど- - -

                            
何か大きな事件が起きるわけでもないし、画面はただただ静謐に包まれていて美しい。特に夜の画面。高層ビルの中で主人公はいつも一人きり。近未来のLAが上海ロケというのは中国市場を意識したものだろうけど、CGも入っているにしても高層ビルがずらっと立ち並ぶ上海のスケールのでかさに度肝を抜かれるのも確かです。まともな神経の人間なら、この画面を見るだけで圧倒されて中国の悪口なんか言ってられないのでしょう。
●寂寥として美しい未来都市。最近の上海はこうなんだろうか。

                                                                                 
音楽は英米では売れっ子の、日本では知名度が殆どないロックバンド、アーケイド・ファイア(今年フジロックで来日するから見に行きたいんだけど、山の中まで行けるかよ(泣))が全編を担当。すごく良かったのでサントラ買うつもりです。
●グラミーも取ったアーケイド・ファイア出世作。題して『葬式』(笑)。名作です。

Funeral

Funeral

                         
主人公のキャラクターに若干 近親憎悪的なものも覚える(笑)ので個人的な思い入れを持てない部分もありましたが、今年公開された映画の中でも指折りの、非常に質が高い作品であることは間違いないです。TPOによっては人生を変えてしまうような映画にすらなるかもしれないくらいの凄い作品だと思いました。