特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

日経『原発再稼働と経常収支』と映画『あなたを抱きしめるまで』

当然のことなんだろうけど、大阪市長選は史上最低の投票率に終わったそうだ。橋下にしろ、安倍晋三にしろ、選挙で勝てば何をしてもよい、という発想の政治家が増えたような気がする。そういうのって、福祉や再分配を否定する『自己責任』の論理にも似ていると思う。一見 間違ってはいないんだけど、その通りやると世の中は回っていかない。小学生くらいの子どもの論理だ。そういうことに想像力が及ばない、要するに今は自分の手で物事を実行したことがない人間が政治家になっていることが多いのだと思うし、そういう輩に投票するのも自分のことを真剣に考えていない、つまり自分のことを他人任せにして平気な人たちなんだと思う。経済にしろ、政治にしろ、日本を取り巻く世の中はこれからかなり厳しくなっていくだろうけど、状況が変わってくれば変わってくるんだろうか。

                          
                  
先週木曜 NHK9時のニュースの前半が取りやめになって、14年度予算成立を受けての安倍の記者会見をやっていた。14年度予算の内容なんて日経ですら大して取り上げない、大した特徴もないものなのに。帰宅後の寛いでいる時間帯に安倍の面を見て気分が悪くなるなんて御免だから直ぐTVのスイッチを切ったが(笑)、通常の番組を取りやめて予算成立の記者会見をわざわざ放送するなんてことは記憶にない。民放よりマシ、と思っていたNHKにも、それなりに政権から締め付けがあるのだろう、と思わざるを得ない。かと言って、やっぱりマスコミもダメ、と言いきってしまうのもあまり賢くないと思う。もちろん基本的にはダメなんだろうが(笑)、全部切り捨ててしまうには惜しいものがあるのも事実だ。
                                                            
例えば先週3月19日付けの日経朝刊17面のコラム『大機小機』の『原発再稼働と経常収支』。検索: 日本経済新聞原発推進の姿勢が露骨な日経だが、ここでは『原発停止で燃料輸入が増加したため経常収支が赤字になったといわれているが、石油や天然ガスの輸入数量は殆ど増えていない。経常収支の悪化の主因は円安と燃料価格の高騰である』とし、結局 『原発が再稼動してもしなくても日本経済の将来展望は大きく変わらない。原発無しでは日本経済が成り立たないという極端なイメージを作るのはミスリーディングだ』と指摘している。

実際に原発事故後も日本の石油の輸入数量は増えてないしこういうところは日本はすごい!)、エネルギー分野での赤字増大は円安と石油高が主因なのはボクも実際に統計を見て確認している。つまり、この記事は本当のことを伝えている。更に言うと日本の経常赤字増大のもう一つの原因は、日本の電機産業の輸出が減り輸入が激増していること(約3兆円)だ。要するに日本のガラケーがあっと言う間に絶滅寸前になって、輸入のスマホになったからだよ(笑)。
                                            
マスコミがダメ、なのは大筋としては間違いはないんだろうけど、このように一部には良心的な記事もある。NHKにしろ、日経にしろ、どこかにはマトモな人間が居るんだろう。たぶん電力会社にも経産省にも自民党にも居るに違いないそうやって色んな人が自分の周りを少しでもマシなものにするために小さな闘いを続けているのだろう。それをボクたちがどう汲み取って、どう手をつないでいくか。リテラシーと言ってしまうと簡単だけど、受け取る人間の側自身の問題、知的な誠実さみたいなものが問われているのだと思う。世の中を変える波はそういうところから起きていくのではないだろうか。

                       
                                            
渋谷で映画『あなたを抱きしめる日まで』。http://www.mother-son.jp/
主役のジュディ・デンチが今年のアカデミー主演女優賞にノミネートされた作品

                                          
政府の広報担当だったジャーナリスト、マーティン(スティーブ・クーガン)は政局がらみでクビになり、手持ち無沙汰な日々を送っていた。ある日 パーティで知り合った女性から、自分の母、フェロミナが50年前に生き別れた息子を探すのを手伝って欲しい、と頼まれる。若き日に未婚のまま妊娠したフェロミナは修道院へ送られ、そこで子供と引き離されて無理やり養子に出されてしまったというのだ。政治部の華やかな記事ばかり担当していたマーティンは社会部ネタに躊躇するが、生活のために引き受ける。彼はフェロミナと一緒に彼女の息子の手がかりを探してアイルランドへ、そしてアメリカへ向かう。そこには驚くべき事実が隠されていた。

                          
この映画も実話だそうです。厳格なカソリックが宗教のアイルランドでは1950年代も妊娠中絶は禁止、未婚の出産女性は修道院に送られていたようだ。同じアイルランドでも昨年の『アルバート氏の生涯』で描かれた19世紀と変わってないじゃないか!誰もが仮装をして、生きている:映画『アルバート氏の人生』 - 特別な1日(Una Giornata Particolare)それだけでなく、なんと一部の修道院では子どもを人身売買していたという。赤ちゃん1人あたり1000ポンドで金持ちのアメリカ人に売りつけるようなことが神の名の下に行われていたんだから、神父の児童への性的暴行の頻発が問題になっているカトリック教会の性的虐待事件 - Wikipedia、いかにもカトリックらしい偽善というべきなのか。

              
そう書くと、重苦しい話のように聞こえるが、この映画は全然そんなことない。やたらと瑞々しい老婆と疲れた中年男性の、まるでロード・ムーヴィーのようなお話だ。インテリでエリートのマーティン、元看護婦で庶民的な大衆小説が大好きなフェロミナ、対照的な二人の会話やギャップを見せることでお話はまるでコメディのように進んでいく。
●失意のエリート男性と瑞々しい庶民的な女性、対照的な二人

                       
昨年の007では最年長ボンドガールをやるは、恋愛映画のヒロインはやるは、今も大活躍の79歳、ジュディ・デンチだが、この映画ではそれにも増して、素晴らしい演技を見せる。最近の事情に全く疎い老人の姿から可愛らしい女性像まで見せてしまうんだから、全く恐れ入ってしまう。時には少女のようにはにかむ、それがバッチリ決まっているこの人を見て、どうなってるんだと思った。ジャーナリスト役のスティーブ・クーガンも本当にいい。今まではコミカルな役が多かった人だが、今回はオックスフォードとケンブリッジの区別も付かない庶民的なフェロミナと旅をすることでむしろ彼のほうが成長していく姿を嫌味なく演じている。
                                                         
アイルランド修道院から養子に出された子どもを追って、フェロミナとマーティンはワシントンへ渡る。やっと見つけたフェロミナの息子はレーガン時代に共和党の法律顧問にまでなっていた。だが、ゲイだった彼はほどなくAIDSで死亡していた。当時のレーガン政権はAIDSはゲイへの天罰だとして対策に消極的だったのだ(そのことは『ダラス・バイヤーズクラブ』でも描かれている)。絶望に暮れるフェロミナ。それでも息子の残した足跡を追って、二人は関係者を訪ねまわる。やがて息子の恋人に出会うことで隠されていた秘密に突き当たる。それを暴くために二人は再びアイルランドへ舞い戻ることになる。
●エリートジャーナリストの敏腕は息子の消息を見事に洗い出すが

                                                 
描かれた事実はほとんど最大級に許しがたい、とんでもない悪辣な話だ。この映画を見ると当時のカトリックが行ったことは絶対に許せない、と思うだろう。なので、こういう感想は不謹慎かもしれないが、この映画は見ていて最後まで全然暗くならない。むしろ見ていて楽しいのだ。それはジュディ・デンチスティーヴ・クーガンが演じる人物像があまりにも生き生きとしているからだと思う。エンドロールで実際のフェロミナとマーティンの姿が映されるが、それも映画の二人に良く似ているのに驚いた。
本当にたいした映画だ。ボクはこの映画がアカデミー作品賞をとってもおかしくない思う。単純に面白くて、なお且つ、宗教やイデオロギーが持つ『正しさ』がいかに残酷な面を持つかを考えさせられる傑作です。
●最後にはただの庶民だった彼女がカトリック教会が犯した罪を赦すに至る。