特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

どもりくらいなんだ!:映画『私が愛した大統領』

まず、前回も書いたけど、今週金曜の官邸前抗議はボクはお休みします。

                       
この前 広島県庁の人と話す機会があった。ボクはPerfumeや映画『24時間の情事』で広島には多少思い入れがあるので(笑)、『広島の景気はどうですか』と聞いてみたら、『円安でマツダが潤っているから悪くない』、ということだった。なんでも広島県民の8分の1がマツダ関係だそうだ。円安なんて輸出企業以外はマイナス、特に地方にはロクなことがないと思っていたが、そういうケースだったら確かにプラス効果もありそうだ(笑)。
だが原材料高や物価値上げで困っている企業、人も沢山いるわけで、簡単に言いきれる話でもない。いずれにしても物事を考えるには色々な要素を考えてみなくちゃいけない、と改めて思った。もちろん、今の世の中、格差を拡大し富裕層だけが得をする方向へ向かっているのは間違いないのだが。


                                               
アメリカで唯一4選を果たした大統領フランクリン・デラノ・ルーズヴェルト(FDR)という人に、ボクは非常に興味がある。政治家の常で功罪は色々あるにしろ、大恐慌からアメリカを回復させたこと大企業優先の社会を民主化させたこと何よりも大日本帝国ヒトラーをこの世から消滅させてくれた偉大なリーダーであることは間違いない。日本ではルーズヴェルトが日本を戦争に引き込んだと言っている陰謀論者が居るが、少なくとも大日本帝国みたいなマヌケな体制が続いていたら日本の経済発展なんかあるわけないし、こんなブログを書いていたら特高警察に捕まっているだろう(笑)。GHQに彼のニューディール政策に関わった担当者が少なからず居たおかげで、今の日本に曲がりなりにも言論の自由や女性参政権がある
まして、新自由主義がはびこる現在、『独禁法の強化』や『最低賃金制など労働者の権利拡大』、『銀行に証券業務を禁止するグラス・スティーガル法』など、独占企業と戦った先駆者としてルーズヴェルトから学ぶことは多いはずだ。口だけで大企業反対と言ってるだけの政治家なんか要らない。99年に彼が導入したグラス・スティーガル法が廃止されたことがリーマンショックの遠因にもなっているのだから、彼には非常な先見の明があったのだ。今や共和党の元大統領候補ジョン・マケインですら、同法の再制定を主張しているらしい。
その割りに日本ではルーズヴェルト個人に関する資料は少ない。



渋谷で映画『私が愛した大統領【公式サイト】『私が愛した大統領』│ 2014年3月7日(金)、DVDリリース!

                                              
田舎でのんびりと暮らす娘、デイジールーズヴェルト大統領(ビル・マーレイ)の縁戚だった。そんな彼女がある日、ルーズベルトの私邸に呼ばれる。ニューヨーク州の郊外ハイドパークの私邸で執務を続けているルーズヴェルトの話し相手になってほしいというのだ。激務の中でも紳士的で優しいルーズヴェルトに接するうちに、彼女は次第に彼に惹かれていく。おりしも第2次世界大戦直前。アメリカの支援を受けるために、英国王ジョージ6世夫妻が訪れることになった。英国王を私邸に迎えるてんやわんやのうちに、彼女はルーズヴェルトの隠された秘密に気づいてしまう。

ビル・マーレイ演じるルーズヴェルト。メディア(ラジオ)を活用した初めての大統領としても有名。
                    
                                            
どこまで実話なのかわからないが、このお話はデイジーの死後 発見された彼女の手記に基づいたものだという。ということで、映画では一人の女性から見たルーズヴェルトの人間像が描かれている。
言うまでもなくルーズヴェルトは小児麻痺で下半身不随のまま政治生活を続けた人だ。アメリカ史上 唯一4選された大統領。そんな彼だが私生活は波乱に富んでいた。口やかましく支配的、大統領の住居で未だに家長としてふるまう母親。妻のエレノアはリベラルで有能な人権活動家だが、大統領とは別居してレズビアンの浮気相手と同居している。妻と言うより政治上の同志という感じだ。そんな中で大統領は有能な女性秘書ミッシー、さらにはデイジーとも愛人関係になってしまう。

●左からレズビアンの本妻、当惑する愛人、狸オヤジの夫(笑)

                           
エレノアとの不仲は知ってたけど、ルーズヴェルトがそういう人だったとは知らなかった。大恐慌との戦い、大企業との戦い、ファシズムとの戦いに加えて、ルーズヴェルトは家庭内も内戦状態だったんだな(笑)。それでやっていけるんだから、物凄いエネルギーだ。道徳的にはともかく、彼にはそれだけの人間的魅力があるのは確かだ。だからこそ政治的にあれだけの業績を残せたのだろう。物静かで紳士的な彼だが、政治も女性も決して諦めない。激務の間を縫って、下半身不随でも運転できるよう改造された自動車でデイジーを連れてドライブに出かける情熱もある。当初はショックを受けたデイジーもやがて彼を許し、彼の美点を認めるようになる。秘書のミッシーやエレノアと同じように。

●特製の身障者用自動車でのデート。『風立ぬ』に描かれた、そのころの日本では、牛車でゼロ戦を運んでいたというのに。

                        
もちろん彼の私生活は関係者(笑)や側近、護衛だけでなく、ホワイトハウス詰めの新聞記者にもよくわかっている。だが、そのころの新聞記者は政治生活と彼のプライヴェートを分けるだけの良識があった。それどころか、彼が車いすにのった写真すら僅か数枚しか公開されなかったそうだから、そのころの人間は今より遥かに精神的に大人だったのかもしれない。

●カメラを前にした、この表情!この狸オヤジぶりはビル・マーレイの真骨頂だろう。

                                         
                         
ロスト・イン・トランスレーション』以来、しょぼくれたおっさん役が代名詞となったビル・マーレイルーズヴェルト役は大丈夫かと思っていたけど、見ているとそれっぽく見えてくるのはさすがだ。悪戯っぽい笑顔の下にルーズヴェルトが持っていたであろう、ある意味悪魔的な、底知れない魅力を感じさせる。
ルーズヴェルトの車椅子を押すジョージ6世


この映画のクライマックスは英国王ジョージ6世夫妻の訪米エピソードだ。ジョージ6世は例の『英国王のスピーチ』で描かれた吃音のあんちゃん。ヒトラーの脅威からイギリスが生き残るためにはアメリカの助けがいる。それを訴えるためにわざわざルーズヴェルトの私邸にまでやって来た彼だが、当時のアメリカの世論はヨーロッパの戦争に引き込まれるのは得策ではないという意見が大勢で、しかも王政に対する反感が残っていたそうだ。だから表向きはともかく、彼ら夫妻はアメリカ側から非常に厳しい目で迎えられる。
そんなアウェイの雰囲気の中でジョージ6世は敢えてルーズヴェルトに1対1で会談に臨む。しかし、ただでさえ吃音の彼は自分の親くらいの年齢のルーズヴェルトに気押されてはっきり自分の意志を伝えることができない。内心 イギリスを救わなければならないと考えているルーズヴェルトもイギリス側からの意思表示がなければ、何もすることができない。そこで彼は非礼を承知で一国の国王を叱りつける。
どもりくらいなんだ!私は小児麻痺で車いすだ!』

確かに(笑)(笑)。冷静に考えれば、『英国王のスピーチ』の吃音に悩むお坊ちゃま国王なんて、ルーズヴェルトの苦難や業績に比べたらお笑いでしかない。


その言葉をきっかけにジョージ6世は心を開き、虚心坦懐にイギリスの窮状を訴えることができた。その日以降 率直に自分の感情を示すジョージ6世の態度を見て、アメリカの大衆もイギリスという国に心を開いていく。それがやがて世界に平和をもたらすことになる。エンドロールで挿入された当時の写真、ピクニックでホットドックをかじるルーズヴェルトやジョージ6世の姿は感動的だ。


この映画は、何か声高に訴えるのではなく、ルーズヴェルトの私生活を淡々と描いた、趣味の良い小品。傑作とかではないけれど、一筋縄ではいかない人間の魅力や存在を考えさせてくれる。個人的には『英国王のスピーチ』より面白かった。自分の人生の中で、ちょっとした心のひだになるような作品でした。