特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

虚しさへのシンパシー:映画『ゼロ・ダーク・サーティ』

今日の東京は暖かかったです。近所でも桜が綻び始めました。冬が寒かった分だけ、春の訪れは早いのかも。
アメリカが円安を容認するかわりに安倍が丸呑みしてきたTPPはアメリカ中心の経済圏を作るということの他に、市場原理を強化して世の中を弱肉強食の競争社会にしていこうという試みのグローバル版でしょう。これは日本においては二つの意味があると思います。一つは農協、商店街、役人など既存の権益層の破壊。ここいら辺はボクは必ずしも否定しません。例えば素人考えでは日本の農業をおかしくしてきたのは農協と補助金行政のように思えます。(直接TPPと関係ないかもしれないが)東電なんかは既得権益層の最たるもので、ああいう官民癒着した存在を潰すにはより大きな市場原理を導入して、それを徹底していくことしかないのではないか。
もう一つは社会のルールを特権を享受する層に有利な方向に変更するということ。解雇の規制緩和モンサント遺伝子組み換え作物や農薬に関する知的所有権の話などが良い例。もちろん、こちらは問題大有りです。
アベノミクスの3本の矢とか寝ぼけたことをマスコミは言ってますが、一番大事な4本目の矢は社会のセーフティネットの再構築だと思う。小泉改革で良くわかったように規制緩和は万能薬ではありません。規制緩和セーフティネットとセットでなければ、世の中はそれこそ戦場になってしまいます。


六本木でキャサリン・ビグロー監督の新作ゼロ・ダーク・サーティ
CIAの女性アナリスト(ジェシカ・チャスティン)を中心としたチームが、ビン・ラディンの行方を約10年に渡って捜し求め、とうとう殺害するまでも描いたもの

拷問を肯定しているだの、本当のことを描きすぎているだの、オバマ選挙対策ではないかだの、アメリカの議会でも大いに問題になった話題作。細部がどこまで真実かわからないが、ほぼ事実がベースになっているそうです。アカデミー賞を取った前作、イラクの爆発物処理班を描いた『ハート・ロッカー』とよく似ているが、描写を更に深堀したような作品。また見終わったあとに虚しさも、更に深い
●主役の女性アナリスト

                                        
映画は中東系の男をCIAが拷問しているシーンから始まります。何らかの情報を得るために、男を縛り、タオルで顔を覆って水をかける。立ち会う女性アナリストも顔を背けながらも、拷問を見守ります。
残酷だけどCIAはこれくらいのことは絶対にやってる(もっと酷いことも)だろうから、ありのままに描いただけのように思えます。拷問を賛美しているような感じはないです。こういう拷問はゴダールの『気狂いピエロ』でもあった。あの映画のジャン・ポール・ベルモンドのほうがこの100倍は苦しそうだったよ(笑)!
                                          
そうやって取得した情報を元にCIAはビンラディンを追っていきます。CIA始まって依頼の大失態として大きく話題になった、米軍基地内で自動車爆弾を爆発させられてCIAの要員が殺された事件を経て、女性アナリストはとうとうビン・ラディンの連絡係を見つけ出します。

                                                                                   
ここで描かれたCIAのやっていることはここまでやるのか、と驚くようなことばかりです。
連絡係を探し出すためには、ランボルギーニの賄賂(笑)と引き換えに親の実家の電話番号を見つけ出す。連絡係の携帯番号を見つけたら、連絡係がいるペシャワールへハッキングチームを送り出し、街中を延々追いかけて連絡係を割り出す。CIAの幹部にイスラム教徒が居て、業務中もメッカに向けて礼拝をしているシーンも面白かったです。
CIA本部には無人機のカメラが繋がった司令室があって、そこから遠く離れた現地の映像を見ながら(洗濯モノまで識別できる)、必要に応じてミサイルも撃てる。 文字通り殺人がテレビゲームになっています。
                                                                                                                                           
一番 驚いたのはビン・ラディンが隠れ家にいるか未確認のまま、パキスタンにステルスヘリで暗殺チームを送り出すところです。明らかな他国への侵略行為を情報が確認できなくてもアメリカはやります。また、そういう判断をしたのもすごいと思います。勿論 それが良いといってるんじゃなくて、そういう判断を出来る決断力がすごい、ということです。例えば日常生活で起きた超ハイリスク・ハイリターンな問題を、100%確信がないまま判断し実行することができるだろうか。ボクにはとてもできません
                                   
●赤外線ゴーグルをつけた暗殺チームは文字通り闇夜の悪鬼のようだった。

隠れ家に暗殺チームが襲い掛かるところもどうやって撮ったんだろうというような臨場感。赤外線暗視スコープをつけた米軍が暗夜に襲い掛かってくる。軍隊が無実の女性も殺してしまうところも言い訳せずに描いているし、ボクはある意味 誠実に作っていると思います。
同僚を殺されてから復讐に心血を注ぐアナリスト役のジェシカ・チャスティンはテレンス・マリックの『ツリー・オブ・ライフ』の内省的な奥さんや昨年の『ヘルプ』のパッパラパーのお姉ちゃんと同一人物と思えませんでした。
                                                                                                  
かなり面白い、見事な映画。だが見終わって伝わってくるのは虚しさです。
この映画では登場人物たちの内心の葛藤とか、苦悩は表面的には描かれない。主人公の女性アナリストは終盤 若干 感情をむき出しにするけれど、大筋としては彼らはただ冷静に『業務』を遂行するだけです。だが、そうやってミッションを果たした後 勝利はありません。アフガンから貨物機の荷物置き場に一人乗り込んで帰っていく主人公の姿からはひたすら虚しさだけが伝わってきます。

                                   
ボクにはその虚しさには普遍性があるように思えます。イラク戦争でのアメリカ人の死者は9年間で約4500人(イラク人の犠牲は10万人以上)。一見平和そうだが、自殺者が毎年3万人も出る日本と言う国はもう戦場じゃないでしょうか。そこに暮らしているボクが虚しさにシンパシーを感じたとしても、残念ながらそれほど的外れなことではないと思います。