特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

ほろ苦い夏の終わり:映画『テイク・ディス・ワルツ』

  あれほど暑かった夏が嘘のように、最近は時折 肌寒さも感じるようにもなりました。おしゃべりしすぎた後は自己嫌悪に陥ったりするものですが、季節の移り変わりもどこかそれに似ています。 
                                              
 渋谷で映画『テイク・ディス・ワルツ


 主人公は結婚五年目のライター、マーゴ(ミシェル・ウィリアムズ)。料理研究家の夫、ルー(セス・ローゲン)と穏やかに暮らしている。二人の間にはまだ、子供はいない。ある日 マーゴは一人出かけた取材先で青年と知り合い、楽しいひとときをすごす。だが帰宅してみると、その青年ははす向かいに引っ越してきたばかりの住人だった。

 題名はカナダのシンガーソングライター、レナード・コーエンの曲からとったもの。 監督はカナダ人の女優、サラ・ポーリーという人。
  短編小説が原作だそうですが、ミシェル・ウィリアムズが出ていることもあって、『ブルーバレンタイン』に印象が重なってしまいます。
料理研究家の夫(セス・ローゲン)と妻(ミシェル・ウィリアムズ

 

 穏やかな暮らしと優しい夫、不自由のない生活を送っている人妻は向かいの男性に自分の心が動いていくのを止めることができません。バカな男性が主人公だったら渡部某の『失楽園』みたいな四流メロドラマになりそうな話ですが、全然違います。
 女性、それもミシェル・ウィリアムズみたいな女性が主人公というところがこの映画のお話の鍵、です(笑)。目を引くような美人ではないし、どこか垢抜けない。けれど 何か惹きつけられるような魅力がある女優さんです。


 ここでの主人公はバリバリにキャリアをまい進するような感じでもなく、かと言って家庭に入って良妻賢母(笑)という感じでもありません。 ごく普通の等身大の女性像です。前半 彼女が空港で飛行機乗り継ぎをするときに『こういう、どっちつかずの状態って気持ちが悪くて、どこか怖い』という台詞があります。『怖い』とは思うのだけれど、『思うだけ』なのです。その言葉は彼女の人生そのものを象徴しているように思えます。あ、ボクもそうかも(笑)。
●彼氏と妻(夫と一緒のときとは表情が違う)

                                              
 セス・ローゲン扮する夫は優しくて、ちょっとずれたユーモアの持ち主。昨年『50/50』で彼が演じていた下ネタ満載のナイスガイと像が重なります。映画の中盤までの彼は彼女とふざけあっているか、料理を作っているか、の姿しか出てこない。そんなところが、これまた彼の人生を象徴しています。

 単純なボクなんかはそれでいいじゃないか、と思ってしまうんですが、女性の目から見たら、もしかしたらそうじゃないのでしょうか(嘆息)。老後になったら、彼女にネタ明かしをするために毎日 ちっぽけな悪戯を続ける彼の姿には泣かされます(女性からしたら『ただのバカ』と思うかもしれません)。


                                            
 ショッキングな事件が起きたり、修羅場があったりするわけではありません。映画自体はほんわかした雰囲気でとても美しい。登場人物のゆっくりとした感情の起伏が優雅にすら、見えます。そういうところはボクは好きです。

 映像に合わせて流れるアコースティックギター主体の音楽は優しく情緒を掻き立てます。時折挿入されるバグルスのヒット曲『ラジオスターの悲劇』なども効果的です。画面も、主人公と青年がデートするメリーゴーランドの場面、二人がじゃれあうように泳ぎながらも決して触れ合うことはない深夜のプール、美しい夕陽、夢の中でみるような美しい景色がところどころにちりばめられています。 まるで晩夏の光景を切り取ったアルバムのようです。

 その中で、『ブルーヴァレンタイン』ばりの残酷なストーリーが展開されます(笑)。主人公の依存的なキャラクターはどちらも似ているし。周囲の人をも傷つけながらも、主人公は新しい一歩を踏み出します。もう彼女はどっちつかずの存在ではありません。だがラストシーンで一人、メリーゴーランドに乗る主人公の姿は解放感というより、寂寥感が深く影を落としているように見えました。
                                 
 若い頃、世界はもっとシンプルなものだと思っていました。何かうまくいかないことがあっても自分や誰かのせいにすることもできました。

 だけど、だんだん世の中で起きる大概のことは『良い』とか『悪い』とか言った言葉で決め付けられるほど単純なものではない、ということがわかってきます。年を経るにつれてわからなくなってくるものもあります。それは大人になったということではあるけれど、そこにはある種のほろ苦さ、喪失感があります。

 永遠に続くパーティーなんかない。人の心は移ろうもの。
終わってしまう夏を描いた美しく、ちょっとセンチメンタルな映画です。凄く良い作品です。