特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

傷ついている余裕なんかない:映画『ウィンター・ボーン』

だめだ。ムーンライダーズ活動停止だそうだ。結成35周年で一区切り、らしい。ボクは高校生の頃から、つい最近まで、日本のバンドでホントに好きなのはムーンライダーズだけだ。大ショック。傷ついた。もうだめだ。

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新宿で映画『ウィンターズ・ボーン
サンダンス映画祭グランプリ、アカデミー賞4部門ノミネートなど、非常に評価が高い2010年の作品。ミズーリ州の山脈地帯の村に住む少女が、失踪した父親の行方を捜す物語。
少女は幼い弟、妹、それに精神病の母親の面倒を見ながら貧しいながらも懸命に暮らしている。そこへ保釈中だった父親が失踪して、保釈金代わりに家が没収される危機に直面する。家が無ければ残された家族は離散せざるを得ない。それを防ぐために懸命に父親を探す少女に何故か村人たちが立ちふさがる。


ミズーリの山地やアパラチア山脈に住む、ヒルビリーと呼ばれる人たちはアメリカでは独特の存在とされている。地理的条件もあって周囲から隔絶した暮らしをしているこの人たちは、生活や風習の独特さや貧しさから、揶揄されたり差別も受けることがあるらしい。突然 億万長者になって山の中からビバリーヒルズにやってきたヒルビリー一家をギャグにした『じゃじゃ馬億万長者』(ビバリーヒルビリーズ)っていう映画、TVドラマもあったくらいだ。

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またバンジョーフィドルを使った独特な、ブルーグラス音楽のルーツとしても名高い(ナターシャーセブン!)。ブルーグラスはこの映画の中でも効果的に使われている。


だが実際に見ると、この映画で描かれたヒルビリーの暮らしぶりには驚くばかりだ。
自給自足に近い村人の多くは貧しく、掘っ立て小屋やトレーラーハウスに住んでいる者も多い。食べ物を買う金がない主人公の少女は森の中で銃を撃ってリスを捕まえ皮を剥ぎ、フライにする!。あてがない彼女は将来は軍隊に入って生計をたてようとしている。村では産業らしい産業もないから村ぐるみで覚せい剤の製造直売をやっている(笑)。ヤクの地産地消だ(笑)。警察も村の中には入り込んでいけない。ここでは国家の法律より、村の掟のほうが強い

その中で少女は生きようとする。周囲からどんなに冷たくあしらわれても、暴力にあっても、父親を、それがダメなら父親が亡くなった証拠を探し出そうとする。


演じるのはジェニファー・ローレンス。この人は『あの日 欲望の大地で』でシャーリーズ・セロンの娘時代を演じてたと思うが、そのときの無垢な少女とは打って変わって、今回は過酷な環境で懸命に生きる少女の意思の堅固さが伝わってくる役柄だ。彼女はほとんど涙すら流さない(一度だけ涙を流すのだが、そのシーンはなんとも言えない気持ちになる)。必要なことしか喋らず、父親の行方をただ捜し続ける。口数は少なくても、強い視線がとても雄弁だ。一言で言って、名演だと思う。
あと、少女の隣に住む、ぶちきれたシャブ中の叔父を演じたジョン・ホークス、格好よかったなあ。少女のたくましさに少しだけ居心地の悪さを感じていた軟弱な男性客にはちょっとした救いだった(笑)


この映画では劇的な事件は起こらないし、直接的な残酷シーンや激しい描写は殆どない。だけどヒルビリーの生活の過酷さ、人間自体の迫力がものすごいリアルさで迫ってくる。これは題材選びも含めて、脚本も書いたデブラ・グラニック監督の手腕だろう。雑誌アエラ藤原帰一がこの映画を評して、『良い映画だが暗すぎ』と言ってたが、全然暗くね〜よ。リアルと暗いっていうのとは違うに決まってるだろ。この理解力の無さは、さすがは東大教授(笑)。




ヒルビリーの人たちには及びもつかないにしても、多くの人は毎日 厳しい場面に直面している。
放射性物質は勝手にばらまかれるわ、税金は増える一方だわ、失業率は上がるわ、仕事があっても長時間労働社畜になるか、それとも欝になるか、そんな酷い世の中で、ボクらはどうしたら良いのか。どこかの素晴らしい政治家や自称(笑)リーダー、賢い東大教授(笑)の皆さんが何かしてくれるのを待ったらよいのか?


この映画の、17歳の少女には心が傷つく余裕すら、ない。それを見ているうちに、きっと観客は自分を問いただしてみたくなるのではないだろうか。
自分は生きようとしているのだろうか?



映画『ウィンターズ・ボーン』で描かれているのは一人の少女の強固な意志だけでなく、市井の、平凡な誰もが持っているかもしれない人間の素晴らしさだ。

どんな人間にでも永遠を垣間見る瞬間がある。』

世界大恐慌の傷が癒えない約70年前に名画『スミス都へ行く』を作ったフランク・キャプラ監督の座右の銘だそうだ。
2011年の今 映画『ウィンターズ・ボーン』を見ると、その言葉が正しいことがわかる。