特別な1日  

-Una Giornata Particolare,Parte2-

『0310原発ゼロ☆国会前大集会』と映画『女王陛下のお気に入り』

 そっか~。 今年で8回目の311なんですね。
 もちろん3月11日という日はこれまでも2000回以上あったわけですけど(笑)、2011年以来 311という意味が変わってしまいました。
先週末のTBS報道特集はいつもにも増して力作でした。
www.tbs.co.jp

 各地に残っている放射性汚染物を含む土の問題を1時間取り上げたのですが、確かに大きな問題です。どこかに置かなくてはならないし、かといって誰だって近くに置かれても困ります。国が安全性を保障して地域を説得していくしかないのですが(そのために国がある)、責任を取りたくない国・官僚はうやむやにしたままです。
安全だというのなら、汚染土を東京オリンピックの工事や東電や経産省の敷地に使えばいいと思いますが、それすらしないのですから、住民からは信用できないと思われて当然です。

 廃炉作業や除染が続く限り汚染物質は依然増え続けているのをボクもすっかり忘れていました。誰もが満足する解決はあり得ませんが、東電や経産省、政治家など責任者連中は今ものうのうとしている。その一方で避難したままの人がまだ5万人もいるし、避難してなくても生活を破壊されてしまった人たちもいる。責任者が責任を放棄し、下々の国民にツケを回す、この国の醜い悪癖はどこまで続くのでしょうか。


日曜日は国会前へ行ってきました。『0310原発ゼロ☆国会前大集会』

連中がうやむやにしようとしているのは放射性汚染物だけでなく、いまだに原発を再稼働させようというのですからふざけた話です。


 政治家のスピーチとかは興味ありませんでしたが、誰かが『街頭で声を挙げることも政治家に働きかけることも、色々なことをやっていかなければならない』と言っていたのはその通りだと思いました。多くの人は原発に対して拒否感を持っているのだから、面倒でもそれを可視化しておくことは大事です。黙っていたら、この国の権力者には無視されるだけなのですから。
●政治家。順に菅直人阿部知子衆院議員(立憲民主)、共産党の吉良ちゃん、大河原雅子衆院議員(立憲民主)

●台湾の女の子たち


香山リカ立教大教授、西谷修東大名誉教授

 今日の参加者は2800人。ボクはデモなどで自分の声を挙げる方が好きで、独りよがりのスピーチとかが多い集会とかは嫌いですが、この日はそんなに嫌じゃなかった(笑)。つまんない団体やプロ市民運動ではなく、個人の立場で話している人ばかりだったからでしょう。

 この日は、先日行われた『今後の官邸前の活動をどうすべきか』というアンケートの結果が発表されました。金曜官邸前抗議も資金や参加者数の問題もあり、今後の活動方針についてアンケートが行われたのです。回答は400通。普段 官邸前に来ている人は500人くらいですから、殆どの人がアンケートに答えたことになります。
ボクは『抗議を続けて場を温めておくことが大事なので、無理ぜず月1回くらいでいいかも』と回答したんですけど(笑)、圧倒的多数で、金曜官邸前抗議は少なくとも(資金が続く)20年の12月末までは続けることも発表されました(笑)。

this.kiji.is


ということで、渋谷で『女王陛下のお気に入り
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www.foxmovies-jp.com

舞台は18世紀の初頭。イギリス、アン女王の時代。イギリスはフランスとスペイン継承戦争を戦っていたが、女王(オリヴィア・コールマン)は肥満体で体も弱く、政治に興味を失っていた。女王は幼馴染のレディ・サラ(レイチェル・ワイズ)と同性愛の関係にあり、政治も私生活も彼女に従っていた。そんなある日、宮中にサラの遠縁の貧しい娘、アビゲイルエマ・ストーン)がやってくる。

●イギリス版『大奥』。ハイセンスで豪華絢爛、ブラックで悪意に満ちた(笑)宮廷コメディです。
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 ベネチア映画祭で銀賞、アカデミー賞でも主演女優賞を獲得した作品です。この映画を撮ったヨルゴス・ランティモス監督は『ロブスター』や『聖なる鹿殺し』などの作品で有名です。『ロブスター』はボクも見たのですが、男女が期限内にカップルにならなければ動物にされてしまうという奇妙なお話しで、狙ってるんでしょうけど、ボクは面白くなかった。人間に対する悪意に満ちた作風(笑)が特徴です。
 

 この作品ではその悪意が良い方に出ています。宮廷での権力争いを描いた映画です。昼でも暗い古い宮殿の中で、召使同士の諍い、男性、女性を問わずの権力争いが描かれる。
 その中央に鎮座しているのがアン女王。夫、愛人(男です)、それに17人!もの子供を亡くしました。今は子供の名前をつけたウサギを宮廷内で飼うこと、そして同性愛で心を慰めている。肥満体で一人でまともに歩くことも出来ない。フランスとの戦争の真っ最中だと言うのに政治にも興味がない。もちろん国民の生活にも興味がない。ある意味 不気味な存在でもあります。
●アン王女。肥満体で虚弱、政治に興味がなく同性愛。ウサギを飼うことと愛人に心と身体を慰めてもらうことにしか興味がありません。
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 その中で女王を操っているのがレディ・サラ。当時 フランスに派遣されていた英軍の司令官、モールバラ公の奥さんです。レイチェル・ワイズ様が演じるサラは、時にはパンツ姿で射撃に興じる、ある意味男勝りの存在として描かれています。女王とは同性愛関係で私的な面でも公的な面でも実権を握っています。
●レディ・サラ(左)とアン女王。ひざまづいているレディ・サラが政治も私生活もアン女王を支配しています。いわゆる完全な『タチ』役です。
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 ちなみにモールバラ公の本名はジョン・チャーチル。第二次大戦当時の首相チャーチルやダイアナ妃のご先祖様です。歴史では救国の英雄とされていますが、こんな奥さんがいたとは知りませんでした。この映画、衣装などではずいぶん脚色がなされているようですが、起きたことはほぼ史実に基づいています。不気味だが豪華絢爛な時代劇、という側面もあります。
レイチェル・ワイズ。相変らず、お美しい!素敵です。
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 そこに没落した貴族の娘、アビゲイルエマ・ストーン)が宮廷に入り込んできます。サラにとって遠縁の彼女は、最初は召使の間でも苛められますが、持ち前の才覚でのし上がっていく。最初はサラに気に入られ、やがてサラが女王を操っていることに気が付くと、そのやり方を学んで女王を操るようになります。
エマ・ストーンも適役です。一見可哀そうに見える娘ですが、タダでは転びません。
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 周りを取り巻く男たちは徹底的に無能。でかいカツラを被って、白粉を塗り、モノの役に立たない。フランスとの大戦争をやっているというのにアヒルレースと権力争いにうつつを抜かしています。あ、陰険さだけは一人前です。
●戦争反対の野党の党首。アビゲイルと手を結びます。せっかくの美青年、ニコラス・ホルト君なんですが(笑)
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 レイチェル・ワイズエマ・ストーン、二人のアカデミー賞女優が丁々発止と火花を散らす演技合戦は面白いです。そして、我儘でバカにしか見えなかった女王(アン・コールマン)が最後の最後に見せる本当の姿。映画は登場人物すべてに辛辣な、皮肉っぽい視線を向けている。
 この作品の場合、そこが良いんです。結構 えぐい描写もあるんですが、一歩退いて描いているから下品にならない。怖い話ではあるんですが、見ていてきつくなりません。笑えます。全編 薄暗い宮殿(本物)が舞台になっているのもゴージャスです。すべて魚眼レンズで撮られたという映像も独特です。豪華な空間を独特な美しさでとらえています。音楽や映画の章立てもセンスあります。


 本当に超素晴らしかった『天才作家の妻』のグレン・クローズを押しのけて、アン・コールマンがアカデミー主演女優賞を取ったのは??とは思いましたけど、非常に面白い作品であることは間違いありません。
知的で上品、そして下衆さが見事にミックスされている(笑)。豪華絢爛な時代劇(画面は豪華ですが、実際の城を使って尚且つ照明を使わなかったので、実際は低予算)、娯楽作品として、ボクは本当に面白かったです。

『女王陛下のお気に入り』日本版予告編

『アベノミクスの成れの果て』と映画『グリーン・ブック』

 寒くなったり暖かくなったりのお天気が続いていますが、駒沢公園の梅は今が盛り、です。花は喋らないし、自分から動きもしないけれど、こうやって咲いているだけで勢いを感じるから不思議です。
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 今週の金曜官邸前抗議は10日(日)に大規模集会があるため、お休みです。たまに金曜日がフリーだと自分でも解放感があります(笑)。大した仕事をしているわけじゃありませんが、正直 週末になるとそれなりに疲れるんです(泣)。日曜日の集会は月曜日のブログで、ご報告します。


coalitionagainstnukes.jp


さて、いよいよ景気悪化が目に見える形になってきました。NHKのニュースです。


www3.nhk.or.jp

 景気悪化の原因は中国の景気悪化とか言われていますけど、本質は違います。アベノミクスで国内の景気を良くすることが出来なかったからです。
多少なりともアベノミクスの時期に企業の利益が増えたのは『ゴルディロックス』(微温経済)と呼ばれるように海外の景気が比較的良かったのと、円安で輸出企業が儲かったからです。日本経済の構造を変えるどころか、輸出中心の昭和の時代に戻ろうとしたんです(笑)。

 その一方 実質賃金の低下や消費の減少など国内の景気はちっとも良くならなかった。日本の対外収支の構造も海外生産比率も昭和の時代とは全く違うのだから、昭和のリバイバルを狙ってもうまく行くわけがありません。むしろ円安による物価高で消費者の購買力は低下したままです。
アベノミクスが始まってからの実質家庭消費支出の推移(単位=兆円)
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 で、国内がダメなところに、海外の景気が悪くなった。いわゆる『泣きっ面に蜂』ってやつです(笑)。
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 これで消費税を上げる?(消費税を口実にダブル選挙の可能性もありますが)
 ボクは『世代間の負担は公平』『徴税コストが低く安定した財源』というメリットがあるので、消費増税は必ずしも否定しません。勿論『景気悪化』『所得の低い人ほど負担率が大きい』という問題点も否定できません。でも国の財政がこれだけ悪化した今、野党が言う様に消費増税を取りやめるデメリットも大きい(どうすべきかはまた別の機会に)(笑)。

 かといって、公共支出は増やせないし、これ以上の金融緩和ももうできない。日本経済は踊り場どころか、デッド・エンドです。これがマスコミやアホどもがもてはやしていたアベノミクスの成れの果て、です。

 アベノミクスが始まるとき、日経の内部では『これが日本経済最後の賭けだから、とにかくサポートしろ』という方針が出ていたそうです。そして『最後の賭けは負けた』んです(笑)。

 国民の暮らしは悪くなり、日本経済の構造は旧態依然のまま。だけど国の借金は積みあがった。財務省が作ったこのグラフ↓の急こう配を見てください(笑)。昨年末の見込みでは借金は国民一人当たり700万円です。
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財政に関する資料 : 財務省


 少なくとも安倍内閣が続けば続くだけ、日本は衰退していくのは、いい加減(笑)国民も理解しないといけないのでしょう。

●まさに、そうだと思う。安倍政権って「革新」です。戦前は日独伊三国同盟国家総動員体制を推進する側が『革新』でした。
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●所詮は小沢一郎小選挙区制のA級戦犯民主党政権の際 小沢は役所をコントロールできなかったのが暴露されましたが、もともと行政経験/能力だってまともにありません。政局しか能がない、こんな奴に何かを期待するのが大間違い。

news.tv-asahi.co.jp



 この時期はアカデミー賞絡みで映画の感想が溜まっています。

ということで、アカデミー作品賞受賞作品。新宿で映画『グリーン・ブック

gaga.ne.jp

舞台は1962年、ニューヨーク。高級クラブで用心棒を勤めるイタリア系の白人、トニー・リップ(ヴィゴ・モーテンセン)は、クラブの改装によって職を失ってしまう。妻と子供を抱えた彼は家賃を払うため、嫌々黒人天才ピアニストのドクター・シャーリー(マハーシャラ・アリ)の運転手兼ボディガードとして、人種差別が色濃く残る南部への演奏ツアーに出ることになるが。


 今年のアカデミー賞、特に作品賞は人種や女性/LGBTQの差別など全ての作品が政治的な問題を扱っていました。一見 軽薄でちゃらい『アリー/スター誕生』ですら女性差別の問題が背景にありますからね。他の作品は言わずもがな。芸能人が政治的な意見を一言いうだけで叩かれる日本とはえらい違いです(笑)。

 『グリーン・ブック』はアカデミー作品賞、脚本賞助演男優賞マハーシャラ・アリ)を獲得、主演男優賞(ヴィゴ・モーテンセン)、編集賞ノミネート。実話を基にしたコメディ作品です。人種差別やLGBTQの問題を訴える作品でありながら、黒人監督のスパイク・リーなどから『白人が救世主のように扱われている』という非難も浴びている作品でもあります。
 ちなみにこの映画のプロデューサーの筆頭は『ドリーム』、『シェイプ・オブ・ウォーター』など最近活躍が目覚ましい黒人女優のオクタヴィア・スペンサー。それだけでどのような映画か判ります。
●これは名作でした。オクタヴィア・スペンサーは真ん中の人です。


 映画の冒頭から、高級クラブで用心棒を勤める白人、トニーがイタリア系であることが徹底的に強調されます。食べ物、親戚などとの強い結びつき、そしてマフィアみたいな登場人物の悪そうな顔(笑)。これらがこの映画にとって大きな伏線になっています。

 イタリア系の白人、トニー・リップを演じるヴィゴ・モーテンセンは痩せた人という印象だったのですが、ここではホットドックハンバーガーをバカバカ食う用心棒を演じています。驚きました。彼の元の繊細な面影は見る影もありません。しかし、それがこの映画のポイントの一つでもあります。
●この肉付きですから、最初は誰だか全然判りませんでした。イタリア系というより、マフィアの下っ端にしか見えません。実際にほぼ(笑)、そういう仕事なのですが。

●前作『はじまりへの旅』(実に良い映画です!)でヴィゴ・モーテンセンが演じた反資本主義の超極左オヤジは強烈でした。

spyboy.hatenablog.com

 トニーは黒人が大嫌い。人種的偏見がない愛妻が、家の修理に来た黒人にお茶を出すと、そのコップを捨ててしまうような男です。親戚、友人らで構成されたNYの下町の狭いイタリア系の社会が全てです。ところがナイトクラブの用心棒の職を失ってしまったことで、新たな職を探さなくてはならなくなります。
●だって美人妻と子供が家で待ってるんです(笑)。

 トニーがドクター・シャーリーと言う人が運転手を探していると聞いて面接に赴くと、なんと相手は裕福な黒人ピアニストでした。医者だと思っていたのに黒人がボスなんて、と、一旦は断ったトニーですが、家賃を払うために仕事を受けることにします。
 仕事内容は南部への演奏旅行の運転手兼ボディーガード。南部で黒人が使用できるホテルやレストランを紹介したガイドブック、『グリーン・ブック』を抱えて二人は南部への演奏旅行へ向かいます。
●レコード会社が用意した新車に乗って二人は南部への旅に出ます。

 ドクター・シャーリーは幼くして才能を認められソ連へ留学、英才教育を受けた黒人ピアニストです。カーネギーホールの上階の高級アパートメントに独りで住んでいる。音楽だけでなく哲学などの博士号も持っている、いわゆる天才です。彼は人種差別が色濃く残る南部への演奏旅行を行うに際して、腕っぷしを見込んでトニーをスカウトしたのです。
●シャーリーは家の中でもこれ、ですから、まるっきり浮世離れした人物です。トニーとは対極の存在。

 2人の対比が面白いです。フライドチキンを手づかみで食べながら運転するトニーに対して、シャーリーは『自分はフライドチキンなんか食べたことないし、皿とフォークがなければ食べ物は食べられない』と言い張ります。
 映画評論家の町山智浩氏によると、フライドチキンはアメリカ南部でフォークやナイフで食べられない骨付き肉を黒人奴隷に与えたのが発祥だそうです。例のケンタッキー・フライドチキンが広まる20世紀半ばまで白人は殆ど食べたことがなかった。それを踏まえると、非常に考えさせられるシーンです。
●自動車の中でモノを食べること自体、シャーリーには想像もつきませんでした。

 シャーリーは孤独です。ステージのタキシード姿だけでなく、普段もネクタイをバシッと締めてお洒落なシャーリー(お洒落な衣装は見ものです)は常に一人です。部屋に毎日1本、届けさせたスコッチで深酒をしている。まるで何かの苦痛に耐えているかのようです。
●当初は車で移動中の時も必ずネクタイをし、直立不動で座っていました。

 シャーリーのピアノは、音楽が判らないトニーですら感動するような腕前です。各地で上流階級の客から称賛を浴びます。しかし彼が演奏するのはシャーリーが学んだクラシックではなく、クラシックのようなポピュラー音楽。

 実際にピアノの腕前をストラヴィンスキーに絶賛されていたというシャーリーでも、当時は黒人のクラシック・ピアニストなんて認められないのです。仕方なく彼はクラシックのような、ポピュラーのような、何とも言えない音楽を演奏してます。ガーシュインみたいな感じというか、良くも悪くもアメリカ的です。
 観客のアメリカ人にとっては判りやすいし虚栄心も満足させられますが、幼時からロシアで英才教育を受けた彼としては物足りない。
●ジャズなのか、クラシックなのか、ポピュラーなのか、実はシャーリーの音楽のジャンル分けは難しい。

 一方 シャーリーは当時流行っていた黒人音楽、リトル・リチャードやアレサ・フランクリンも知りません。黒人なのに、黒人の文化からは孤立している。彼はクラシックの世界からも黒人の世界からも遊離している。ネタバレになるので書きませんが、ほかにも理由があって、シャーリーはどこの世界にも属することができない
●南部の農地では黒人たちが厳しい労働に従事させられています。こんな恰好をした黒人なんか、居るわけがありません。

 やがて演奏旅行は南部、それもルイジアナアラバマなどディープサウスへ差し掛かります。会場も今までの大きなホールではなく、金持ちの邸宅やレストランに代わります。主催者は彼を讃え、歓迎しますが、当たり前のようにシャーリーは差別される。
 例えば豪奢な邸宅で演奏しても、トイレは庭にある掘立小屋を使うよう指示される。豪華なレストランで演奏することになっているのに控室は物置で、食事の席にもつけない。まともなホテルにも泊まれません。貴族的なシャーリーは貧民窟のような黒人専用ホテルに泊まる羽目になります。

 最初は黒人のお供なんて、と敬遠していたトニーでしたが、シャーリーの素晴らしい演奏と差別にあっても誇り高く耐える姿に、次第に尊敬の念を覚えていきます。

 特にシャーリーがなぜ南部への演奏旅行を思い立ったか。北部だったらギャラも高いし大会場で演奏できるし、不愉快な差別にも逢わないですむ。それを判っていて、なぜ彼が南部の場末で演奏旅行をしようとするのか。トニーは次第に、黒人の社会、文化に属することができないシャーリーなりの勇気を理解できるようになります。
●旅が進むにつれ、シャーリーはネクタイを外すようになります。
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 いっぽうシャーリーも、呆れつつも、世俗の知恵にあふれたトニーに畏敬の念を持つようになっていきます。社会経験の豊富なトニーはシャーリーの秘密を知っても、彼を受け入れることが出来るどころか、それほど気にもしない。
 粗暴で下品だけれど、誰かのことを想ったり、理不尽な差別を憎む、という意味では同じ人間です。教養とか文化、理屈は関係ありません。それは人間としての普遍的な価値、と言っても良い。シャーリーはトニーを一人の人間として受け入れるようになる。
●旅によってトニーも変わっていきます。きちんとネクタイを締めることを覚えました(笑)。
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 ボクはこの映画、一部でディスられているように、白人のトニーが救世主のように美化されているとは思いません。トニーは白人でもイタリア系としてさげすまれている存在だからです。様々な映画で描かれているとおり、白人でもアイルランド系やイタリア系が就けたのは低賃金の職ばかり、やっぱりWASPとは違います。この映画は前半でイタリア系を強調しているところが後半になって生きてきます。同じ差別されている者同士の人種を超えた友情が芽生えるんです。それがこの作品の素晴らしいところです。

 そして、シャーリーが黒人のライブハウスでショパンを弾くところはこの映画の白眉です。とうとう彼は自分自身を見つけます!

 マハーシャラ・アリがピアノを弾くところが本当にピアニストに見えるところも大したものですが、抑制された、孤独に耐える姿はなんとも言えません。まさに役者魂です(笑)。人間の誇りや尊厳と言ったものを全身で表現している。権力が大嫌いなだけでなく、イデオロギーも、企業社会も、男社会も、地縁血縁も、ジェンダーを押し付けられるのもお断り(笑)しているボクですので、どこの世界にも属さない彼の役には本当に感情移入できました。

 そしてヴィゴ・モーテンセンも素晴らしい。10キロ以上増量して粗野なイタリア系用心棒を演じていますが、太った顔の肉の間から繊細な表情がうかがえます。クイーンごとき(笑)と話の質が違うというのもありますが『ボヘミアン・ラプソディ』のレミ・ラリックより、彼が主演男優賞を取っても全然おかしくないと思いました。
 
 この映画は泣いて笑って驚かされるだけではありません。人種差別、民族差別を扱っているだけでなく、それより上のレベル、人間の尊厳という普遍的な価値を描く映画です。だから、この作品は素晴らしい。俳優二人の名演も相まって、充実した2時間でした。マジ、感動します。

【公式】『グリーンブック』3.1(金)公開/本予告

映画『盆唄』と『金子文子と文烈(パク・ヨル)』

 寒かったり、暖かかったり、一進一退のお天気ですが、だんだんと春の足音が近づいてきました。近所の花も咲きだしましたけど、これは梅?桜?(笑)。植物とか興味ないんで全然わかんない(笑)。
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 3月になると異動や歓送迎会など色々行事も出てきて忙しい。ユーウツです。飛んでくる弾を頭を下げて懸命に避ける、そんな毎日です。そんなことより、毎年この時期はアカデミー賞がらみで見たい映画が沢山公開されるので、ボクは忙しい。今回は対照的な作品を2つ。ご紹介します。

 新宿でドキュメンタリー『盆唄

www.bitters.co.jp

 東日本大震災から4年が経った2015年、福島県双葉町の人々は依然 避難生活を続けていた。ばらばらになって暮らしていることで双葉町で先祖代々受け継がれてきた盆踊り=盆唄は消滅の危機に陥っていた。ところが、ある写真家の仲立ちで戦前 福島からハワイに移民した日系人たちの間で盆唄が、ハワイオンドとして今も愛されていることが判る。双葉の人々は盆唄を伝えるためにハワイのマウイ島へ旅立った- - -。

 沖縄を舞台にした『ナビィの恋』、『ホテル・ハイビスカス』の中江裕司監督の新作、それもドキュメンタリーです。
あまちゃんで沖縄出身のアイドル役を演じていた蔵下穂波ちゃんが主演

 ボクが生まれ育った渋谷区は昔から住んでいる古い住民が多く、子供のころから盆踊りが盛んでした。いつもはぼーっとしている年寄りがお祭り・盆踊りになると急に立ち上がって(笑)、元気になるのが印象的でした。

 ところがボクは盆踊りやお祭りが大嫌い。音楽のテンポは遅いし、リズムも変だし、何を歌っているかわからない。踊りも気持ち悪い。何よりも集団で集まっているのが耐えられない。

 今もお祭りとか盆踊りとかは避け続けています。大嫌いです。あんなもの、何が楽しいのか全く分かりません。イスラム教の宗教歌謡『カッワリー』なんかはリズムはカッコいいし、内容も共感できるから、ノレルんですけどね。あと、教会のゴスペルもうまい人が歌ってれば、マジで感動する。でも盆踊りは苦手。あくびが出る。
●『カッワリー』の第1人者。ヌスラト・ファテ・アリー・ハーンの演奏。これならカッコいいんだよなー

Nusrat Fateh Ali Khan - Mustt Mustt (Live at WOMAD Yokohama 1992)



 話がずれました(笑)。
 双葉町では『盆歌』と呼ばれる盆踊りが盛んだったそうです。村落ごとにチームを組んで村の広場で歌と演奏を披露し、町民が周りを踊る。ところが今は町民は避難生活を余儀なくされ、そんなことはできない状況です。
●この人が主人公、人々が離散しても『盆唄』を残そうと奮闘する電気工事店のオヤジ。
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 2015年、このままでは盆歌が滅んでしまうと危機感を抱いた一部の町民たちは、ハワイの日系移民の間で盆歌が歌い継がれていることを聞いて、交流しようとします。仮に双葉町で盆歌が滅んでしまっても、ハワイの日系移民たちに伝えておけば、いつか復活させることができるかもしれない。そう考えたからです。
●日系移民たちに盆歌を教える双葉町の人たち。双葉町が廃れてしまっても、盆歌を残しておきたい、という思いでハワイへ出かけました。
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 ハワイの日系移民には福島出身の人が多かったそうです。土地が貧しく、ハワイに活路を求めたからです。差別や辛い労働の苦しみを慰める為、盆踊りは彼らにとって貴重な娯楽でした。それがいつしか『ハワイオンド』と名を変え、今も伝えられている。
●ハワイオンドは現地でダンス/ライブみたいなイベントになっています。
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 双葉町の盆歌とハワイオンドとの比較が面白いです。歌詞などは殆ど同じなのですが、ハワイの方はずっとテンポが速く、合いの手も派手です。まるでダンスミュージックみたいです(ボクはこの方が好き)(笑)。双葉町の人たちは日系人たちに盆歌を教え、それを伝えて行こうとする。
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 映画では盆歌のルーツも述べられます。双葉町の盆歌の原型は富山県のものだそうです。江戸時代 飢饉で移住してきた富山の人たちが差別や辛い労働を耐えるために歌っていた歌がいつの間にか双葉町の人々の間にも受け入れられた。ハワイの日系移民たちと同じだったんです!江戸時代の光景などはアニメで表現されるのですが、それもまたユニークです。作為的なものがなくて、美しかった。
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 この映画の細大の魅力は双葉町の人たち。どこにでもいそうな市井の人たちですが、話を聞いてみるとユニークで面白い。中心となっている電気工事店のおっちゃんは趣味の人。家に楽器部屋を作って、家にはドラムセットや何十本ものギターが置いてあります。
●おっちゃん二人。要するにこういう人たちです。こういう人 好きです。同類なので(笑)。
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 原発建設を請け負っていた工務店のオッチャンもいます。原発建設に使ったコンクリートを使って、自分の家も建ててしまった(笑)。夫婦で盆歌をやっていた人たちもいる。避難先では太鼓をたたいたり、大声で練習することもできなくなって、しょぼくれてしまっている。
●今も何も通らない線路
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 この映画では東電や原発を声高に非難することはありません。そこが良いんです。多くの双葉町民も原発から利益を受けていたわけですし。しかし、今は何もかも変わってしまった。人々の故郷を失い、戻ることができない深い悲しみが伝わってくる。観ている側も何とも言えない気持ちになります。
●懐かしい双葉町の自宅は今やこの通り
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 2017年 双葉町の人たちは避難住宅の広場で盆唄を復活させようとします。封鎖されている双葉町へ戻って、楽器ややぐらを持ち出し、盆踊りを開こうとします。離れ離れになっていた人たちが集まり、練習する。人々のつながりが徐々によみがえっていく。今までしょぼくれていた人たちが急に元気を取り戻していく。ハワイで歌を教えていたときと自分で演奏している時とは表情が全然違う。
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 最後の20分、クライマックスの各地域の人たちの演奏シーンは美しい映像も相まって、本当に感動的です。原発事故という現実を音楽が乗り越える瞬間が確かに描かれています。奇跡のような映像です。ボヘミアン・ラプソディ』のライブ・エイドのシーンなんか全くメじゃありません。
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 スターが出ているわけじゃないし、劇的なことが起きるわけではない。。でも映画として面白かったし、感動的でした。どこにでも居るけれどユニークな市井の人々の物語、盆歌の謎解き、それに美しい映像や音楽、まさに傑作ドキュメンタリー映画です。
www.tokyo-np.co.jp

 映画では盆歌の中心人物として描かれていた電気工事店のオヤジが舞台挨拶で『この映画が出来て盆唄を映像で残すことができた。将来双葉町が無くなってしまっても、いつかは盆唄を復活させることが出来ると思う。』と言ってました。明るく楽しい映画ですが、その言葉は実に重かったです。

映画『盆唄』予告編

●公開初日の舞台挨拶では映画に登場した双葉町の人たちが盆歌を披露しました。右端でかりゆしを着ているのが中江監督
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●この人が原発の資材を使って、ついでに自宅を建てしまった工務店のオヤジ(笑)。

●この人が主人公の電気工事店のオヤジ(右)。嬉しそうに太鼓をたたいています。


これと対照的だったのが、青山で見た映画『金子文子と朴烈
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www.fumiko-yeol.com

1923年、関東大震災前の東京。社会主義者のたまり場となっていた有楽町のおでん屋で働いていた金子文子(チェ・ヒソ)は、朝鮮人アナキストの朴烈(イ・ジェフン)が書いた『犬ころ』と言う詩に惹かれ、彼のところへ無理やり押しかけてくる。やがて一緒に暮らすようになった二人は同志、恋人として生きて行こうとするが


 関東大震災直後に収監された朝鮮人アナキストの朴烈とその恋人、金子文子を描いた映画です。具体的には、関東大震災の際の朝鮮人虐殺、そこから目をそらすために朴烈と金子文子を皇室暗殺を計画したということでの逮捕、それに取り調べ中の二人の写真が「怪写真」として世間に配布されたエピソードが描かれます。17年に公開された韓国では動員200万人を超える大ヒットだったそうです。一部でネトウヨが『反日』と騒いでいたんで、これは是非見に行こう、と思ったわけです(笑)。
www.tokyo-np.co.jp

●これが主役の二人のアナキスト。文烈と金子文子。これだけ見ると爽やかな青春劇みたいで、いい感じですが。
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 丁度 先週の土曜日の朝日新聞朝刊にこの映画の主演女優さんのインタビューが載ってました。
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 映画は、見ていてつまらない、というほどではなかったんですけど、出来はいまいちでした。特に脚本、脚色が全然ダメ。とにかく人物描写が薄っぺら。その一語に尽きます。

 まず、金子文子が朴烈に惹かれたきっかけが良く判らない。映画の中では、唐突に彼女が朴烈のところへ押しかけてくるだけ。詩に感動しただけで若い女性が見ず知らずの男のところへ押しかけてくる。それだけです。そんなことってあり得ますか?後半に説明は有りますが、台詞で説明してるようじゃ映画としてはどうなんでしょうか。
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 また、朴烈や金子文子アナキズムに惹かれた理由も全く語られない。ただ彼らは『天皇への反感』を持っていて、途中で『天皇と日本人民とは違う』という言い訳みたいなことが述べられるだけ。爆弾を手に入れて殺そうとまでするのにそれだけなんでしょうか。金子や朴烈の思想的なこともほとんど語られない。薄っぺらすぎる。
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 この映画では震災当時の内相、水野錬太郎が主導して関東大震災時の朝鮮人弾圧を図ったかのように描かれていますが、なぜ水野らがそんなことをしたのかも描かれません。ここではただ、水野が朝鮮人に対する反感を持っていて、それを押し通そうとする。バカみたいです。大げさな演技と単純な台詞。説得力がありません。
●水野役も韓国人俳優が演じています。
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 そもそも史実では震災の翌日 内務大臣は水野から後藤新平鶴見俊輔先生の祖父)に交替しています。ぜんぜん違うやんけ。台湾で善政を敷いた後藤新平朝鮮人虐殺なんかするはずがありません。正力松太郎ら警察官僚が朝鮮人虐殺で果たした役割も描かれない。全部 水野のせいにしている。肝心の朝鮮人虐殺に関するところを幼稚なフィクションにしちゃ、全然ダメですよ。
●こんな格好してる日本の裁判長っていたのでしょうか。もう、なんだかわからない
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 さらに二人が収監されてからも、なぜ取り調べ時の写真がマスコミにばらまかれたかも描かれません。史実では右翼が倒閣のためにばらまいたらしい。二人は単に利用されたんです。
●これが実際の写真。取り調べ中に撮られたという写真は当時のスキャンダルになったそうです。
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 他にも電車が好きなボクは、映画の冒頭に出てくる路面電車が全然違うだろ、と思ってしまった(笑)。『いだてん』の爪の垢でも煎じて飲め。それに渋谷育ちとしては舞台となる渋谷区富ヶ谷とか有楽町の街並みも??と思いました。人物描写だけでなく、そういうところがいっぱいあります。日本帝国主義への反感をエンタメとして煽ってるだけの幼稚な映画、それもかなり稚拙だと思う。

 ただ、俳優さんたちの演技は結構良かったです。頑張ってるなーと思いました。
 特に金子文子役のチェ・ヒソは日本語も完璧だし、激情を良く表現していたとは思います。大阪生まれらしい。単純に可愛いので観ていて楽しい。だけど、ルックスがかわいすぎるし(笑)、それを強調する演技をするものだから、話が嘘くさくなって仕方がありません。可愛いからいいけど(笑)
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 男性陣も美男ぞろいで目の保養ではあるけど(笑)、逆にこれは何なんだ、と思いました。やっぱり嘘くさい。画面を見ていて楽しいけれど、朴烈の思想や思いに対する説得力などは皆無に近い。その説得力がないところがアナキストアナキストたるゆえんなのかもしれませんが。
●取り調べの検事。二人に同情的ですが、映画ではいまいちよくわからない。
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●正義を追及する日本人弁護士も登場しますが。
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 公開初日とあって客席は満席だったし、上映後 拍手とかしている人も居たけど、こんなマンガみたいな映画、有害無益でしょう。インチキなんだもん。題材は良いんだけど、話が軽すぎる。エンタメとしても3流のTVドラマみたいな演出です。

 思考停止のオールド左翼は褒めるのかも知れないけれど、そいつらの頭の中同様に、薄っぺらい中身の映画でした。見るとバカになりそう、というと言い過ぎでしょうか(笑)。韓国で大ヒットしたというのが信じられません。あの国も案外、日本と同じような愚民政策が跋扈しているのかもしれません。

映画『金子文子と朴烈(パクヨル)』予告編